私は宮沢賢治とその作品が大好きです。大学の卒業論文も宮沢賢治をテーマにしました。国語の指導のおいても、宮沢賢治の作品や伝記では、いっそう力が入ります・・・。
 平成13年度、東京の大学への内地留学の機会に恵まれました。この機会を利用して宮沢賢治のふるさと「岩手県花巻市」を訪ねました。
 その時の記録(平成13年12月)です。
  旅 の 記 録
1日目 午前7時30分 目黒本町の自宅を出る。西小山駅から東急目黒線で目黒駅へ。目黒から山手線に乗り換え東京駅へ。新幹線ホームで、どきどきしながら発車時刻を待つ。

午前8時50分 新幹線「やまびこ」に乗る。大宮,仙台,水沢江刺と停まり約2時間で新花巻へ。あっけないほど速い。直線距離で約350km。新幹線の威力をまざまざと見せつけられた感じである。私の住む宮崎からは広島あたりまで行ける距離だ。たぶん一日がかりである・・・・・・・。
念願の花巻に到着!!

午前11時30分 駅の旅行案内所で説明を聞く。地図を見ながら詳しく説明してくれた。今日は花巻農学校と宮沢賢治記念館に行くことにする。

午前11時40分 タクシーで花巻農学校へ。お金を払おうとするとお釣りがなく,近くの信用金庫で両替をした。その間メーターを止めてもらった・・・。

午後12    花巻農学校の受付で鍵を借りて,いよいよ羅須地人協会へ。あっけなく現れた建物は,国語の教科書で見た写真ものそのものであった(ここに移築されている)。近づくたびに緊張が高まる。到着すると「下の畑におります」の黒板が出迎えてくれた。鍵を開けて中へ。まず,ノートに記帳した。賢治が生徒にかけてやったというマントが展示してある。そして,オルガンの置いてある部屋へ。とても明るい部屋である。小さないすとオルガン。ここで賢治が農民たちと語り合ったと思うと,胸が熱くなってくる。オルガンも弾いてみた。

 その部屋を出ると,和室とトイレ,風呂場がある。2階もあるが登れないようになっていた。なるほど,別荘と呼ぶにふさわしいほどの立派な建物である。階段の下にもう一つオルガンがあった。
 突然大きな音がしてびっくりしたが,飛行機の音だった。すぐ近くに花巻空港がある。建物を出ると,近くに「精神歌」の碑があった。
 少し歩くと,花巻農学校の実習室のような建物があり,玄関に貼り紙があった。なんと,花巻農学校が北上農学校と統合され,場所も移るとのこと,驚いた。羅須地人協会の建物はどうなるのだろう。心配になった。
 鍵を農学校に返してタクシーを呼ぶ。

午後1     タクシーでイギリス海岸へ。途中運転手さんがいろいろと話をしてくれた。農学校はこれまで何度か移転していること。その移転に賢治も関わっていること。そして羅須地人教会の建物と農学校との偶然の再会。(賢治の死後,建物は壊された。その部材を地元の人が買い,今の農学校の場所に家を建てて住んでいた。その後,農学校がここに移転してきた。その民家を調べてみると,なんと賢治の住んでいた家だということが分かり,急きょ買い上げたとのこと。)
 また,今度の移転は,花巻空港の滑走路延長も関係しているらしい。今後が心配である。
 そして,地元の人にとって賢治がどのような存在であるかも聞いた。少しは聞いていたが,宮澤家はたいへんなお金持ちで,それゆえ賢治がすることも許されていたこと,確執のあった父からも相当な援助を受けていたこと・・・・など。地元の人ならではの話を聞くことができた。

 イギリス海岸に到着。予想どおり,特に何の代わりもない川(北上川)であった。しかし,イギリス海岸という名前を口に出すと,それらしく見えてくるから不思議である。川底に砂がなく,粘土層なのだそうだ。川岸に少しそれが現れていた。また,昔はこの川が街中を通っており,そこに桜の花がまっていたので「花巻」という地名になったということも運転手さんに聞いた。

午後1時30分  途中,はやちね(山)と賢治が愛した岩手山が見えた。どちらも雪で真っ白だった。宮崎では見られない風景だ。とても美しい山である。2000メートル級の山らしい。

 山を登り,宮沢賢治記念館へ。残念ながら、中は撮影禁止であった。賢治自筆の原稿や絵,チェロやバイオリンなどが豊富に展示してある。すばらしい。賢治の名刺が特に心に残った。特別展として「猫の事務所」に関する資料が集められていた。人間社会の醜さがよく表現されており,現代にも通じる影の部分である。賢治は,そんな(格好にこだわる)人間社会をするどく批判したのであろう。作品を紹介する映像などもたくさんあった。最後に受付で「雨ニモ負ケズ」の巻物を買った。

午後2時30分  徒歩で下に下りる。途中の斜面は美しい公園になっており,賢治の設計した花壇や日時計がある。花が咲く頃はとても美しいであろう。その出口に,賢治の研究資料などを集めたイーハトーブ館がある。今回はパスした。道路を渡って,宮沢賢治童話村へ。

午後3     広い公園を抜けて,宮沢賢治童話村へ。前日の雪が少し残っていた。童話村の入り口では,木の雪囲いをしていた。宮崎では見ることのできない光景である。
 童話村の中は,ファンタジックな世界で,いくつかのゾーンにわかれていた。真っ白な部屋,星空の部屋,雲の上の部屋,昆虫の部屋,青い部屋。そして,「セロ弾きのゴーシュ」と「注文の多い料理店」の物語をミニチュア模型で再現したものが展示してあった。たいへんよかった。
 その世界を2回体験した後,外にある「賢治の教室」へ。ロッジ風の建物が並び,それぞれにテーマがある。鳥や宇宙,動物など。ここもたいへんおもしろい。
 道路に戻ってバス停へ。10分ほど待つと新花巻行きの路線バスが来た。

午後4     バスを降りると,すぐそこに花巻温泉の送迎バスが来ていた。すぐに乗り込む。とても便利である。バスで花巻温泉へ直行する。
 花巻温泉も賢治と関係があるらしい。宿泊する「ホテル紅葉館」も作品の舞台となっている。

午後4時30分  ホテル着。すぐに温泉へ。久しぶりの温泉に感動する。露天風呂もすばらしい。賢治も温泉に浸かっていたのだろうか。心も体もリフレッシュしていくのを感じた。食事は部屋で。岩手の郷土料理「すいとん」もあった。たいへんおいしかった。明日の旅を思いながら床に付く。
          新花巻駅
   花巻農学校にある羅須地人協会
 入り口にある有名な黒板に感動!
賢治や農民の息づかいが聞こえそう
  その名もズバリ「イギリス海岸」
        宮沢賢治記念館
     賢治が設計した日時計
        宮沢賢治童話村

2日目

























午前7     起床。外が真っ白で驚く。雪ではなく霜のようだ。8時にレストランで朝食。おなかいっぱいになる。チェックアウトは特別に12時までとゆったりしているので,もう一度温泉に入る。

午前11    ホテルをチェックアウト。歩いてバス停へ。ちょうど賢治詩碑行きの路線バスがあり,それに乗る。なんとタイミングがよいのだろう。賢治の導きか,と思ってしまう。

午前11時30分  賢治詩碑前で降りる。5分ほど歩くと賢治詩碑の場所へ。かつてここに羅須地人協会があった。別荘地にふさわしく高台にあり,眺めがすばらしい。ここで初めて「下の畑におります」の意味が伝わってくる。高村光太郎による詩碑の近くに井戸の跡がある。賢治が使っていた井戸らしい。ここにご飯をつるしておいたのだろうか。
 とても寒いので早々にこの地を後にする。途中に桜地人館がある。ここには賢治だけでなく,高村光太郎など,この地にゆかりのある人の資料がある。今回はパス。しかし外に賢治の母の碑があるので見に行った。
 また,近くに「注文の多い売店」という看板があり,思わず笑ってしまった。しかも閉まっていた!その他,橋の跡があり,「この橋を作るのを賢治も手伝った」と書いてあった。
 先ほどのバス停の前に同心屋敷という古い建物があった。寒さの中,しばらく待つとバスが来た。(本当にバスが来るのか不安で,観光案内所とバス会社に電話で確かめた。)

午後12時30分 バスに乗ると,一緒に乗ったおばさんが話しかけてきた,宮崎から来たことを話すと驚いていた。しかもその方の家のお嫁さんは宮崎県都城市出身だという。奇遇とはこのことを言うのだろう。岩手なまりがとてもここちよい。

午後12時50分 花巻駅(新幹線の新花巻駅とは別)に着いた。「銀河ぽっぽ」という仕掛け時計を見に行く。風がものすごく冷たい。1時になると時計が動き出した。「銀河鉄道の夜」をモティーフにした仕掛け時計である。たいへん夢のある時計だった。

午後1時10分  タクシーで「ぎんどろ公園」に向かう。ここは賢治の勤めた花巻農学校があった場所である。広い敷地内に「風の又三郎」の碑があった。また,トイレが「どんぐりと山猫」にちなんで,どんぐりの形をしていた。ここで生徒たちと楽しく過ごしていた賢治が思い浮かぶ。

午後1時30分  少し歩いて,賢治のお墓のある「身照寺」に向かう。静かなお寺である。階段を上がると本堂があり,その左を行くとお墓がある。途中に「観光地ではありません」という看板がある。わいわいと騒ぎながら見に来る観光客が多いのだろうか。裏にまわると宮澤家の骨堂と賢治のお墓があった。線香をあげ,お参りした。花巻へと誘ってくれたお礼と,賢治の精神を少しでも引き継ぎたいという願いを語った。静かな気持ちでお寺を後にした。

午後1時50分  東に歩けば街に出るだろうという甘い予想のもと歩き出す。かなり歩き,坂道途中の薬局で道を聞いてやっと中心街(上町)にたどり着く。

午後2時20分  ここでの目当ては,なんといっても,賢治の通ったそば屋「やぶや」である。賢治は花巻農学校の教員時代,よくここへ通ったそうである。とても立派な店構えだった。もちろん,賢治の好んだ「てんぷらそば」と「サイダー」を頼む。そして,カツ丼も頼んだ。(メニューにも「賢治の好んだ組み合わせ」として「てんぷらそば」と「サイダー」が書いてある。)
 どれも,とてもおいしくいただいた。そばとサイダーがうまく合うかどうかは別として。ここは「わんこそば」も有名らしい。

午後2時50分  新花巻駅の観光案内所で聞いたレコード店を探す。店名を忘れてしまい,道路工事の人に聞くが分からず,「書店ならある」と聞いて,誠山房(せいざんぼう)という書店へ。店の人に聞いてみると「違うでしょう」とのこと。とりあえず店を出て,観光案内所に電話してみると,やはり,ここだった。宝物を見つけた気分だった。賢治はこの店で,レコードを買い占めてしまったらしい。←そのことをお店の方はご存知なかったので、教えてあげた。

午後3時10分  新幹線の時間が迫ったので,タクシーで花巻駅へ。荷物を取り,再びタクシーで新花巻駅へ。20分ほど余裕があった。駅の前のみやげ物店で,いくつかみやげ物を買った(銀河豆というお菓子はおいしかった!)再び駅へ。駅前の広場には「セロ弾きのゴーシュ」のモニュメントがあった。

午後43   新幹線「やまびこ」到着。東京まで約2時間半。訪ねた場所を思い出しながら帰路についた。

午後6時30分  無事東京駅へ到着。山手線と東急目黒線で西小山駅へ。午後8時ごろ,今回の旅が終了した。数々の思い出ができ,たいへん充実した2日間だった。忘れられない旅となった。
 宮沢賢治に出会わなければ,行くことのなかった土地だと思うと,あらためて感動がよみがえってくる。機会があれば,もう一度行ってみたい。
(宮崎からは果てしなく遠いが・・・)
  賢治は「ブッシュ」と呼んでいた      定番(?)メニュー
  現在は「本・文具・CD」を扱う     新花巻駅のモニュメント
       賢治の教室
         賢治詩碑
   見晴らしのいい高台にある
   賢治の使っていた井戸(跡)
     注文の多い売店!!
   花巻駅の「銀河ぽっぽ」
      ぎんどろ公園
      身照寺の入り口
  夢を見せてくれた「やまびこ」

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