縣(延岡)の城郭


目次

  1. 縣(延岡)の城館跡一覧
  2. 縣(延岡)の主な城郭跡分布位置図
  3. 井上城
  4. 西階城
  5. 松尾城
  6. 縣(延岡)城
  7. 浦尻城
  8. その他の城

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7.浦城(浦尻)城
甲斐典明
(城山ガイドボランティアの会主催「城郭研究フォーラム 延岡の五城」(1999年11月20日、延岡総合文化センター)での報告)
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県内では数少ない海城の一つです。この外の県内の海城には、日向の日知屋城、宮崎の紫波州崎城などがあります。いずれも海路交通の要衝を押さえる立地となっています。

浦城(浦尻)城は、浦城湾の奥にある南北三〇〇m、東西一五〇mの「おや鼻」と呼ばれる半島を城取りしています。湾の入り口に北から南にかけて長い砂嘴(さし)が発達しているため、城の存在はもちろん、湾そのものも沖合からはまったくその存在を知ることはできない、格好の立地条件となっています。
一五七八(天正六)年、豊後大友氏の縣侵攻による滅亡時の城主は松田義清といわれていますが、築城者およびその年代の詳細は全く不明です。しかし、室町期(一四世紀)以来、豊後・瀬戸内海方面との結ぶ水軍の根拠地であったということになっています。

北岸の「矢来場」というところには、河野水軍系越智氏の建立による「天文十六(一五四七)年」銘の六地蔵幢(ろくじぞうどう)がありますから、河野越智水軍の支城であったと考えられます。ただ、文献的には何の裏付けもありませんから詳細不明の城ということになりますが、伝承的には以上のようなことになっているということです。しかし、立地が立地だけに、信憑性の高いとても面白い話ではあります。

大きく深い堀切によって南の尾根と断ち切られた城域は、東西一五〇m、南北三〇〇mに広がっています。
北側からのぞめる北部斜面は樹木が多く比較的開けてはいるものの、全域を雑木とヘゴなどのシダ植物類を主とする深い草木が覆っているため、調査はきわめて困難を極めました。ヘゴの高さは私の胸くらいまであります。時には、イノシシなどの獣道を行かなければなりません。
周囲には「船隠し」「甫場」「すか千軒」「おおや千軒」「のろし山」など、城郭関連の通称地名が多く残っていますので城跡であることは間違いないのですが、何しろヘゴと樹木の深さが調査を拒んでいます。この城こそ、全山的に伐開した発掘調査など、考古学的調査が望まれます。ひょっとしたら、一五世紀明代の陶磁器なんてのがでたりするかもしれません。是非お願いしたいものです。

頂上は見張り台となっています。また、地元の伝承では、おそらく縄張り図では土橋状になっている部分だと思うのですが、川石を敷き詰めた犬走り(帯曲輪)があり、緊急時には馬に乗った伝令が駆けたという言い伝えもあります。南の「甫場」という地区には、寺院跡もあります。

水軍の城と言うことと合わせ、まことに興味深い城跡と言うことができます。これを機会に、是非、延岡市民のみなさんに知っていただきたい城跡です。



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